最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)204号 判決 1948年3月09日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人戸田宗孝上告趣意書第一點は「原判決は罪となるべき事実を認めた證據に關する説明が不十分であり從って理由不備の違法がある。又不當な證據に基いて事実を認定した違法がある。即ち(イ)日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條によれば證人その他の者(被告人を除く)の供述を録取した書類又はこれに代わるべき書類は被告人の請求があるときはその供述者又は作成者を公判期日において訊問する機會を被告人に與へなければこれを證據とすることが出來ない旨を規定してあり原審における公判期日は昭和二十二年九月十一日であるから同法附則第三項に照してもこの規定が原審の證據調に適用のあることは明らかである。從って原審裁判長が公判期日において證據調をなすに際しては、すべからく刑事訴訟法第百三十五條や新憲法の基本的人權の尊重に關する趣旨等に照して、被告人に右の法條によって與へられている防御權のあることを告げその請求をなすか否かの釋明をすべきである。然るに原審公判調書(記録第九一二丁以下)を調べてみても單に刑事訴訟法第三百四十七條の規定に從って被告の意見を求めているだけでこの釋明權を行使した形跡を認めることが出來ないばかりでなく原判決中にも漫然と證人岩本貞雄や證人山本千代に對する豫審訊問調書の記載を證據として掲示してあるだけでこれが右述の法條に照して適法な證據である所以を明示していない。又從來一般の判決もこの擧にいでゝいない様に見受けられるけれど、しかし乍ら右述した理由に基いてこれは證據説明として不十分であり又右證據はまだ適法な證據となる前提を缺いていると解するのが正當であると思う。(ロ)又原判決はその判示事実を認定する證據の一として「(ハ)押收の主文第二項及び第三項に記載した各物件並びに柔道着帶紐一本(證第一號)手拭一本(證第四號)の存在」と摘示しているが原審公判調書の記載によればこの判示證據物に關し刑事訴訟法第三百四十一條の手續を行ったか否かが明瞭を缺いているからこれもまだ適法な證據と認めることが出來ないものである。(ハ)更らに又原判決は「各死亡の原因が判示の通りであることは鑑定人黒岩武次の同人等に對する各鑑定書中それぞれの旨の記載のあることによって、これを認める」と言っているが「それぞれの旨の記載」という表現では何のことか良く理解し難いものであり判決の證據説明としては不完全であると言わなければなるまい。」というのであるが、
日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第十二條第一項本文は被告人の請求があった場合に供述者又は作成者を訊問する機會を被告人にあたえなければ所定の書類を證據にすることができないといっているのであって公判期日において被告人に對し供述者又は作成者を訊問する權利のあることを告知してその訊問の請求をするかどうかを確めることは望ましいことには違いないが之をしなかったからといって前記法條に違反するものとは解することができないから原審が論旨主張の各豫審訊問調書につき刑事訴訟法所定の證據調の手續をとった丈でその主張のような特別の處置をとらなかったとしても、之を違法であるということはできない。從って原判決が論旨主張の各豫審訊問調書の記載を證據としたことは違法ではない。又原審第一回公判調書によれば裁判長は事実調の終了後證據調をなす旨を告げ各被告人に對し證據品を示し意見辯解の有無を問うたとあって本件被告人に對しても之を示して刑事訴訟法第三百四十一條所定の手續を実行したことが明白であるから、原判決が論旨主張の各證據物の存在を證據としたことは勿論違法ではない。又判決において罪となるべき事実につき證據説明をするにはその推理判斷の生じた所以を明かにするために犯罪事実の記載と相俟って證據の内容を知ることができる程度にその説明をすれば足りるものでそれ以上に詳細にそして又引用した各證據の適法な證據である理由について迄一々説明を加えることは必要ではないから、原判決が證據として引用した論旨主張の各豫審訊問調書についてその適法な證據である理由を開示しなかったからといって之を違法であるということができないことは勿論である。そして又原判決は犯罪事実中に各被害者の死因を一々詳細に明記した上その證據として鑑定人黒岩武次作成に係る各鑑定書中の「それぞれの旨の記載」を引用したのであって右両者を對照して讀めば各鑑定書に記載せられている死因についての同趣旨の記載により犯罪事実中に記載した各被害者の死因を認定するといふ趣旨であることが了解できるから、原判決の證據説明は缺けるところがあるものということはできない。從って原判決に理由不備の違法があるとする論旨第一點は凡て理由がない。
同第二點は「原判決は罪となるべき事実を明示していない不備がある。即ち犯罪事実を明示するためにその日時の表示は不可缺の要件であるが原判決は判示第二の事実を示すに當って「(前略)そこで被告人坂井田及び岩本が前記黒鞘及び銀卷鞘の短刀二口をそれぞれ懐中にし被告人両名及び岩本は『同月』午後八時四十分頃浜口方に赴き(下略)」と記載し日附を記載していない。その前段の記載に照し強盗殺人の謀議を行った日が二十八日であることは知り得るけれど判示犯罪の日はその餘の記載に照しても明瞭を缺いている。この點は明らかに『同日』と記載するのを同月と誤記したものと認められるけれど若し『月』を『日』に訂正しその訂正について認印を缺くときはやはり刑事訴訟法第七十二條に違背するものと言はなければならないしその結果同法第四一〇條第二十一號に該當することになるであらうことと考え合はせるとこの誤記は終局この判決事実摘示を不備なものとなすべき大きな欠缺であるといわなければなるまい。」というのであるが、
論旨指摘の「同月」という文言の前段の文章に被告人等が同月(二月のこと)二十八日午後八時頃判示第二の犯行の相談をしたことが判示され、同第三の事実において右第二の犯行に引つゞいて同第三の犯行が三月一日午前六時三十分頃行われたことが判示されている上に、右「同月」の後につゞけて記載してあるのが午後八時四十分頃という時間の記載であって日の記載でないことを參酌すれば、右「同月」が「同日」の誤記であることは明白であるのみならず、假に原判決が右月を日に訂正した場合その訂正の仕方が論旨主張のように刑事訴訟法第七十二條所定の方式に反することがあったとしても右の方式違背は同法第四百十條第二十一號にいわゆる判決に判事の捺印を缺く場合に該當せずそのため直に判決の無効を來すものではないから、原判決が判示第二の犯行について犯行の日時を示さなかったものということはできない。從って原判決には罪となるべき事実を判示しない違法はなく、論旨第二點は理由がない。
同第三點は「原判決は法律の解釋や適用を誤っている違法がある。即ち(イ)原判決は法令の適用を示すに當って「第二の強盗殺人の點は同法第二四〇條後段第六十條に」該當すると言っているが一個の強盗罪を犯すために數人を殺害したときは縱令その殺人行爲は同一の目的を遂行するの手段として行った場合と雖も之を數個の強盗致死罪に問擬するのが當然である。このことは從來大審院の判例も同一の見解を示している。從って判示「第二の強盗殺人の點」については刑法第二四〇條後段第六十條の外に刑法第五十五條が適用されなければならない筈である。(ロ)又原判決は判示第三の事実に對して刑法第百九十九條第六十條を適用しているが本件記録並びに原判決の判示自體によって明らかである様に判示第三の殺人は判示第二の強盗殺人の罪跡を湮滅するために、又時間的にも、これに繼續して行われたものであるから、刑法第二百三十八條の趣旨にも照し合はせて判示第二の強盗殺人行爲の一部分であると認めるのが相當であって、これとは別個獨立の犯罪と認めこの部分に刑法第百九十九條を適用するのは相當でないと思う。(ハ)又原判決は「第一(一)の邸宅侵入と強盗豫備とは一個の行爲で二個の罪名に觸れるものであり、第一(一)(二)の強盗豫備第一(三)の窃盗第二の各強盗殺人の所爲はそれぞれ犯意を繼續してなされたものであるから、同法第五十四條第一項前段第五十五條第十條により結局最も重い浜口定次郎に對する強盗殺人の一罪とし(中略)被告人両名をいづれも死刑に處する。」旨を判示しているが、刑法第五十五條に所謂「一罪として處斷する」というのは、判示の如く數個の行爲の中最も重い一個の犯罪であると擬制することではなくて數個の犯罪を唯單に處分上一罪として取扱うという意味であると解すべきものであるから原判決はこの點において刑法第五十五條の適用を誤ったものであるといわなければならない。又同法第五十四條第一項前段の規定は連續犯としての第一(一)(二)の強盗豫備及び第一(三)の窃盗並びに第二の強盗殺人の所爲の全體と第一(一)の邸宅侵入との關係において適用されるべきであるのに原判決はこの擧に出でてない。これもまた法律の適用を誤っているものである。」というのであって、
一箇の強盗罪を犯すために數人を殺害したときはたとえその殺人の行爲が同一の目的を遂行するための手段として行われたものであっても數個の強盗殺人罪に問擬すべきことは論旨主張の通りであり、原判決がその法令適用の部の前段において「第二の強盗殺人の點は刑法第二百四十條後段第六十條に該當する」と判示していることはこれ又論旨指摘の通りであるが原判決は一方、犯罪事実の部の末尾のところには「第一(一)(二)の強盗豫備、同(三)の窃盗、第二の強盗殺人の所爲はそれぞれ犯意を繼續して行われた」ものであると判示し更に法令適用の部の後段においては「第一(一)(二)の強盗豫備第一(三)の窃盗第二の各強盗殺人の所爲はそれぞれ犯意を繼續してなされたものであるから同法第五十四條第一項前段第五十五條第十條により結局最も重い浜口定次郎に對する強盗殺人の一罪とし」判示しているのであって、以上を綜合すれば、原判決は判示第二の事実については數箇の強盗殺人罪の成立を認めるのではあるが、之が犯意を繼續して行われ、右が更に判示第一(一)(二)の強盗豫備及び同(三)の窃盗と共に全體として犯意を繼續して行われたものと認めるので、以上の全體に對して刑法第五十五條を適用し數箇の強盗殺人罪に對し別箇に同法條を適用しなかったものであると解せられるから、原判決がこれを一箇の強盗殺人罪として問擬したとすることは當らない。又原判決が刑法第五十四條第一項前段第五十五條を引用して「結局最も重い浜口定次郎に對する強盗殺人罪の一罪とし」と判示している事実に徴すれば、右の「一罪とし」というのは、右浜口定次郎に對する強盗殺人罪の一罪として處斷する趣旨であること即ち論旨主張の連續犯を組成する行爲の全體に對し最も重い浜口定次郎に對する強盗殺人罪の刑をもって處斷するという趣旨であることが明白であるから、原判決がこれを一罪と擬制したものであると非難することは當らない。又原判決が前記のように刑法第五十四條第一項前段と共に同法第五十五條を適用している事実に徴すれば、原判決が「第一(一)の邸宅侵入と強盗豫備とは一個の行爲で二個の罪名に觸れるものであり」と判示したのは論旨主張の連續犯を組成する數箇の行爲の中事実上同時に邸宅侵入罪に該るものが第一(一)の強盗豫備の行爲であることを示した迄のことで、法律上において右連續犯を組成する行爲の全體が前記邸宅侵入の行爲と刑法第五十四條第一項前段の關係に立つことを否定する趣旨ではないと解せられるから、原判決が右両者の間に刑法第五十四條第一項前段の關係があることを認めないものであると論難することは當らない。之を要するに原判決は判示第二の事実につき數箇の強盗殺人罪の成立を認め正當に刑法第五十五條を適用したもので、その適用を誤った違法は存しない。次に、刑法第二百四十條後段の強盗殺人罪は強盗たる者が強盗をなす機會において他人を殺害することにより成立する犯罪であって、一旦強盗殺人の行爲を終了した後新な決意に基いて別の機會に他人を殺害したときは右殺人の行爲は、たとえ時間的に先の強盗殺人の行爲に接近しその犯跡を隠ぺいする意圖の下に行われた場合であっても、別箇獨立の殺人罪を構成し、之を先の強盗殺人の行爲と共に包括的に觀察して一箇の強盗殺人罪とみることは許されないものと解すべきである。ところが、原判決摘示の事実によれば被告人は外二名と共謀の上京都市伏見區深草柴田屋敷六十七番地浜口定次郎方家人を殺害して金品を強奪しようと決意し、昭和二十一年十二月二十八日午後十一時頃より翌三月一日午前一時半頃迄の間において右浜口方同市同區竹田青池町鴨川東側堤防下鳥羽用水附近及同市下京區上鳥羽久我橋東詰北方桂川堤防附近において定次郎外二名を殺害して浜口家より金品を強奪した後右犯行の発覺を防ぐため判示のようないきさつで被告人等の顔を見知っている判示汀達兒を殺害しようと相談し、同人を同市下京區東九條明田新町三十八番地の空家内に誘い出し三月一日午前六時三十分頃同所において同人を殺害したというのであって強盗殺人の行爲をした後先の犯行の発覺を防ぐため改めて共謀の上數時間後別の場所において人を殺害したこと明白であるから、前記の法理により被告人等が判示汀達兒を殺害した行爲は浜口定次郎外二名に對する強盗殺人罪に包含せられることなく別箇獨立の殺人罪を構成するものといわなければならない。從って原判決が之に對し刑法第百九十九條を適用したのは正當である。論旨第三點は凡て理由がない。
(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)
よって刑事訴訟法第四百四十六條により主文のとおり判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)